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Kasei no kioku   By: (1915-1994)

Book cover

First Page:

Title: 火星の記憶(Kasei no kioku) (The Memory of Mars) Author: Raymond F. Jones Translator: 林清俊(Kiyotoshi Hayashi) Character set encoding: UTF 8

火星の記憶 レイモンド・F・ジョーンズ

Notes on the signs in the text

《...》 shows ruby (short runs of text alongside the base text to indicate pronunciation). Eg. 其《そ》

 新聞記者は病院にたいしても客観的にならなければならない。記者の仕事は他人の心を揺さぶることで、自分の心をかき乱すことではないのだ。しかしそんなことを言ったって、いまはなんの意味もない、とメル・ヘイスティングスは思った。この病院のどこかで、アリスが生死の境をさまよっているというときには。  アリスが手術室に入ってから長すぎるほどの時間がたった。なにかまずいことが起きたのだ。彼はきっとそうだと思った。時計を見る。外はもうすぐ夜明けだろう。メル・ヘイスティングスにとって、それは大切な、取り返しのつかない時間の経過を示すものだった。アリスはもうとっくにあの白い洞窟のような手術室から出ていなくてはならないのに。  メルは重たい椅子にさらに深く沈みこんだ。ゆっくりと忍びよる死が彼にもその触手をのばしてきたかのように、彼はおとなしく観念した。突然はるか遠くのほうで轟音がとどろき、空を横切る一筋の光りが窓から見えた。観光宇宙船マーシャン・プリンセス号だ、と彼は思い出した。  連れていかれるまえにアリスが最後に言ったのはそのことだった。「よくなったら、すぐにまた火星に遊びに行きましょう。そうしたらあなたも思い出すわ。あそこはとてもきれいで楽しかった――」  おもしろくて、すてきな、ぼくのアリス――彼女は奇妙な妄想に取りつかれたままだった。ぼくたちが結婚した最初の年に火星旅行に行っただなんて。その信念はほぼ一年まえから彼女に取りつき、彼がなにを言っても、揺らぐことがなかった。二人とも宇宙に行ったことなんかなかったのに。  いま彼は連れていってやればよかったと思った。それだけの価値はあっただろう、どれだけ苦痛を耐え忍ばなければならないにしても。彼は生まれてからずっと自分を苦しめてきた恐怖症について彼女に話したことはなかった。彼は宇宙空間が恐いのだ。考えただけでも冷や汗が出る。子供のころから何度もうなされた悪夢のことも話したことはなかった。  恐怖症など、なんとか克服する方法があったはずだ。彼女が行きたがっていた火星旅行に行く方法が。  しかしもう遅い。遅すぎることを、彼は知った。

 白いドアが開いて、ドクタ・ウインタースがゆっくりと出てきた。彼は長いことメル・ヘイスティングスを見つめていた。まるで新聞記者の名前を思い出そうとしているかのようだった。「お話しがあります。オフィスのほうへ」彼はようやくそう言った。  メルは麻痺したようにその意味を理解し、目を見開いて相手を見つめ返した。「死んだんですね」  ドクタ・ウインタースはゆっくりとうなずいた。メルに事実を見抜かれ、驚き、いぶかるような様子だった。「オフィスでお話ししましょう」と彼はくり返した。  メルは医者のうしろ姿を見ていた。ついていっても仕方がないような気がした。ドクタ・ウインタースは... Continue reading book >>




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